青汁が支持される理由
もちろん、現段階のインターネットが完璧にその機能を果たしているわけではないが、限られた人数で各国から流れてくる情報にすべて目を通し、情報を検証するよりははるかに効率的であるし、特定の地域で思いもよらなかった発想にめぐりあう場合もある。
そこにインターネットがネットワークとネットワークをつなぐ世界規模のネットとしての意義があり、注目されている由縁がある。
世界中から情報を集められる「文殊の知恵」さまざまな国の、さまざまな百科事典を手に入れる 正直いって「文殊の知恵」というと、「横断歩道みんなで渡れば怖くない」のイメージもありタイトルにはふさわしくはない。
まして、インターネットの実態を伝える表現ならば「情報の連関構造」とでも書いた方がいいだろう。
しかし、これとて「なんだかわからない」のである。
実例で追って説明した方が「文殊」という意味をわかっていただけそうだ。
例えば、「インターネット」という言葉に好奇心あるいは興味をもってインターネットに接続したとしよう。
まずは順当なところでは、FTP(第34項参照)の検索機能で「インターネット」という言葉のあるサイトを探すか、ASAHIネットが無料で提供している「fj記事データベース」で検索することだろう。
すると出てくる出てくる打出の小槌。
たぶん、山のように情報があるだろう。
ルーブル美術館の絵画情報のホームページ そこで、とあるWWWサーバーに「インターネット」という項目があるのを発見し、「いざモザイクの登場」と接続したとしよう。
見れば「インターネット」という言葉の部分は色が変わっていて、クリックすれば詳細な情報が出てくるような雰囲気。
ここは誰でもためらわずその部分にマウスを移動させクリック。
すると、不思議というか驚愕というか画面はするすると変わり、とある国のとあるWWWサーバーにある「インターネット」の情報に接続するではないか。
辞書を片手に読んでみれば、なんとわが国では誰も知らない「インターネット」の⑩情報がたっぷり。
さらに、そこの「情報スーパーハイウェイ」をクリックすると、またまた別の国の別のサーバーからの情報が表示され、「なるほど、なるほど」の連続で充実の昼下がりとなる。
などとフザケテみたが、これがインターネットの「文殊の知恵」である。
詳しくはWWWサーバーの部分(第36項)を参照していただきたいが、要するにインターネット上のすべての情報が一つのデータになっていて、特定の言葉などをキーワードに、次々と関連情報や詳細情報を受信できる仕組みになっているのだ。
つまり、情報に国境やサーバーの枠がなく、相互に連関して情報を補強しあえる関係になれるということである。
百科事典でなにかを調べようとすると、関連した項目があれば、また別の一冊を開き探さなければならない。
ところが、インターネットのWWWサーバーなら、電子的にそれがつながって表示されるわけである。
情報に国境などの枠がないのは当然だとしても、いちいち「あちらのサーバー参照」とするのではなく、そこに自動的に接続してしまうのである。
これは便利であるとともに、一つの言葉から多様な情報を受信でき、情報収集の方法としてはきわめて合理的な方法だろう。
日本国内にもそれに似た方式のサービスを提供している商用ネットもあるが、残念ながらそれは限られたネットの中でのことである。
インターネットでは、全世界を対象にしてつなげてしまったわけだ。
世界中のWWWサーバーを次々にめぐることを「ネットーサーフィン」と言うが、こうなると「情報サーフィン」もできるようになる。
特定の言葉をキーワードに、アメリカの最新情報、イギリスの最新情報、フランス、イタリア、中国、さまざまな国のサーバーから関連した情報を集めてくることができる。
参考文献を買い集めるよりはるかに早いうえに最新の情報も受信できるのだから活用しない手はない。
むろん、どの言葉が深い関連をもっているかが一目瞭然ではない欠点はあるが、少なくともクリックできる対象の言葉は、その背後に関連した詳細な情報や参考になる情報をもっている。
その情報の鉱脈を探しあてるのもインターネットならではの楽しみかもしれない。
また、双方向性のあるメディアだから、もし自分で詳細な情報を知っていたら発信することもできる。
「文殊の知恵」を利用できると同時に、その「文殊」に参加するのもインターネットなのである。
新聞やテレビとの決定的な違い「双方向性」「持ちつ持たれつ」の相互関係が情報の宝庫をつくる インターネットと新聞やテレビの違いを一つだけ挙げろといわれれば、ためらわず「双方向性」と断言できる。
つまり情報の受信者が同時に発信者となるメディアなのだ。
新聞やテレビが一方通行のメディアであるのに対し、インターネットやパソコン通信は、双方向性のメディアと呼べる。
テレビだって「テレフォンショッピング」や「ファックスでご意見」があり、新聞には「投書欄」があり、視聴者や読者の意見を聞いているではないか、という指摘はあたらない。
あくまでも、それは編集方針や番組の編成方針に対応し、声を聞いているだけのことである。
視聴者や読者が情報の発信者となることは原則的にありえないし、ましてそれがテレビや新聞の方針に影響を与えることは、まずない。
ところがインターネットは、情報を受信したものが逆に情報を発信できる構造になっている。
例えば、とあるニュースーグループで、「光ファイバー」について詳細に書いてある文章があったとしよう。
技術的な興味や好奇心でそれを読み「納得」する場合もあるし、「あっ、この他にもこの点から考えた方がいいかもしれないね」と思う場合もある。
しかし、ネットワーク上では「沈黙は金」ではない。
まして、それを補強できる情報をもっていて公開してもいい状況にあった場合、なにも書かず黙っていてはルール違反なのだ。
積極的に情報を公開しインターネット上でやりとりされる情報の質を高めるのは、参加者の義務といっても過言ではない。
とりわけ学術ネットとしての性格からスタートしているインターネットでは、相互に情報を公開し意見交流や情報交換を進めるのが風土となっている。
この風土がインターネットをここまで発展させてきたのだ。
有効な情報が発信され、さらにそれがユーザー相互によって補強され深化されるから、インターネット上の情報は常に検証されたものになる。
新聞記事やテレビのニュースは、けっして視聴者や読者によって検証され深化されることはない。
受信者は、どこまでいっても受け身であるのに対し、インターネットでは積極的に関わろうとすれば、どんなに情報を発信してもとがめられることはない。
もっとも、一方的に情報を書きつらねてばかりでは批判される場合もあるが、原則的に情報の発信は奨励されており、それによってインターネットが情報の宝庫としてさらに発展していくのが原則である。
しかも、インターネットではユーザー全員がアドレスをもち、全世界とメールを交換することができる。
たとえクリントン大統領やゴア副大統領でも、メールを交換できる仕組みになっている。
それを利用すると、放送局にイメージされがちなWWWサーバL際にホワイトハウスでは、サーバー上にメールを発信するシステムを用意し、積極的な姿勢をみせている。
この例だけでなく、さまざまなWWWサーバーでもコメントのメールを発信するシステムを用意しているし、それを用意していなくてもサーバー管理者のアドレスを公開し、情報の発信だけでなく受信する体制をとっている。
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